日生交通株式会社は、東京23区と武蔵野市、三鷹市をカバーするタクシー会社である。本社を新宿区に置くが、営業車両拠点や経理事務、整備などの機能を持つ営業所は練馬区にあり、運行するタクシーは102台、従業員約250名(うち乗務員約230名)で事業を展開している。同社はタクシー業界でISO 39001の認証を取得した先駆けとなった。事故に悩まされてきた苦い経験を持つ同社が道路交通安全マネジメントを導入した経緯や、その過程を通じて得た成果などについて常務取締役の佐久間英介氏にうかがった。
(記事中の役職や組織体制はインタビューを行った2013年1月10日時点のものです。)
事業のなかで交通安全の占める位置づけをお聞かせください。
事故の多かった過去を経て、タクシー経営の一番のポイントとして強く意識しています。
交通事故防止はタクシー事業経営の一番のポイントです。ところが10数年前、当社の交通安全対策は進んでいませんでした。年間に365件、1日に1件の割合で事故を起こし、その7割が当方に過失がありました。乗務員は事故を起こしても、報告書を書いて終わり、翌日も普通に勤務する状況でした。
何とかしたいと思っていたところ、タクシー事業を管轄する国土交通省の関東運輸局東京運輸支局の監査が入り、車両停止処分を受けました。監査担当者からは、安全対策の遅れが指摘されました。それからの約2年間は「会社がつぶれるのではないか」という危機的状況が続きました。処分を受けて締め付けを厳しくすると、乗務員が離れてしまう。売上至上だった経営体質でうまく機能しなかったんです。その苦い経験をターニングポイントに、道路交通安全への思いをより強くし、無事故を評価する経営への転換を図りました。
これまでの交通安全対策はどのようなものでしょうか。
ステップ・バイ・ステップで交通安全対策を推進してきました。
事故報告書の提出で済ませていたところを、事故担当の部長の面接を実施する手順を取り入れ、ペナルティもより高額に設定しました。第2ステップでは事故を起こした乗務員は独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)の適性診断を受ける仕組みをなどを作りました。3ステップ目に運輸安全マネジメントを導入しました。事故数の増減を調べ、分析した上で「直進車と右折車の事故に気をつけよう」といったシンプルな目標を設定し、年頭に社長が発表して浸透を図り、営業部で具体的なアクションに落とし込む流れを作りました。
ISO 39001の認証取得のきっかけ、目的をお聞かせください。
タクシー事業に不可欠なものと直感し、すぐに取り組みを開始しました。
当社が自動車の任意保険契約を結ぶ株式会社損害保険ジャパンから、事故防止の講習会の告知があり、私が軽い気持ちで参加しました。4時間の密度の濃い内容で、ISO 39001が道路交通安全マネジメントの新しい国際規格として紹介されたんです。そのときこの規格は、これからタクシー事業にとって取り組まなければならないものだと直感的に思いました。早速社長に報告し、できるだけ早くやろうという話になり、取り組みをスタートしました。
キックオフから認証取得までのスケジュールを教えてください。
1年間で設定したスケジュールを前倒しで実践し、約一カ月早い認証登録ができました。
ISO事務局を立ち上げたのは2011年11月。そこから1年間の予定でスケジュールを組んでいましたが、登録審査を前倒しでき、予定より約1カ月早い2012年10月19日の登録となりました。
2011年 | 11月 | ISO事務局立ち上げ |
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2012年 | 1月 | 導入セミナー |
2月 | 初期レビュー | |
3月 | 行動計画の策定 | |
3月~4月 | 文書化(5段階) | |
5月 | システム立ち上げの確認 | |
6月 | 内部監査 | |
7月 | マネジメントレビュー | |
8月 | ファーストステージ審査 | |
10月 | セカンドステージ審査 | |
10月19日 | 認証・登録証の発行 |
マネジメントシステムの構築・運営体制をご紹介ください。
基幹部門のスタッフを集め、全社をカバーする体制を作りました。
ISO事務局は、当社の基幹部門の経理部、営業部、整備部から管理職を含めて各2名ずつ選びました。RTS管理責任者となる私を含む7名で臨み、トップマネジメント以下、全社をカバーする体制を作りました。日常業務がある中、議論しながら文書類などを整備していきましたので、事務局のメンバーには正直苦労をかけたと思います。
コンサルティング会社は導入しましたか?
交通事故を減らすためにはコストをかけてもいいと考え、導入しました。
NKSJリスクマネジメント株式会社にコンサルティングを担当してもらいました。当社はISOに取り組むこと自体が初めてで、まして情報の得やすいISO 9001や14001と違い、見本も何もないISO 39001でしたから。NKSJリスクマネジメントには事前にスケジュールや仕組みづくりのひな型を用意してもらえたので助かりました。
コンサルティングフィーも手ごろで、人身事故が数件減ればペイできる金額でした。本当に事故が減るのならコストをかけてでも取り組みたいと考えました。結果的に予想よりも安くできました。
RTS方針、RTS目標、RTS詳細目標をお聞かせください。
具体的な数字を示し従業員にわかりやすい目的・目標設定を行いました。
RTS方針については、別表で紹介しています。
RTS目標は「死亡事故及び重傷事故を向こう3年間ゼロ件」です。RTS詳細目標は以下の4つです。
RTS詳細目標の1~3までは営業部が担当し、乗務員が実践します。4は整備部の担当です。
詳細目標の設定は、当初は事故数前年比何パーセント削減する案や、費用削減目標にする案も出て進めていました。しかしそういう言い方では従業員にはわかってもらえない。そこで考えを改め、目標はシンプルにわかりやすくしました。はっきり伝わるように、事故件数もオープンにしました。
道路交通安全の基本理念
日生交通株式会社は輸送の安全の確保が事業経営の根幹であることを深く認識し社内におけて輸送の安全の確保に主導的な役割を果たします。また、現場における安全に関する声に真摯に耳を傾けるなど現場の状況を十分に踏まえつつ、社員に対し輸送の安全の確保が最も重要であるという意識を徹底します。
以上を実行に移すため、次による「道路交通安全方針」を事業場に掲げ、全従業員の意識の高揚を図ります。道路交通安全方針
輸送の安全に関する交通事故削減計画のPLAN、そのDO、実行内容のCHECK、不備がある場合にはACTを行い、安全対策を不断に見直し、全社員が一丸となって業務を遂行することにより、絶えず輸送の安全の向上に努めます。また、輸送の安全に関する情報については積極的に公表します。
RTS詳細目標を達成するための具体的な施策をご紹介ください。
事故分析、KYT、ヒヤリハット報告、日常点検立ち会いなどに取り組みました。
損害保険会社の事故分析レポートや事故分析ソフトを活用し、前年の102件の事故について曜日、時間帯、乗務員の年齢、個別の状況を精査し、乗務員が注意すべきポイントを抽出しました。
またKYT(危険予知訓練)を実施し、乗務員にはヒヤリハットの件数を報告してもらうようにしました。コンサルティング会社から、ヒヤリハットの内容をレポートしてもらったらというアドバイスもありましたが、取り組みやすくするためには、まずは件数報告だけにしました。
整備の面では、乗務員が行う日常点検を整備スタッフが立ち会ってチェックするようシステム化しました。
このほか「チーム対抗無事故キャンペーン」など、何らかのイベントや教育訓練を定期的に設けて個々の従業員の安全意識・行動の強化を図りました。
従業員に道路交通安全の取り組みを定着させる活動をご紹介ください。
シンプルにポイントを絞った情報発信に配慮しました。
RTS方針など、基本事項を書いた文書を乗務員の名札に入れてもらう、従業員の目に付くところに読んでほしい事柄を掲示する、毎朝の点呼や月1回の明番(あけばん)教育(集合教育)で活動内容を伝えるなど、定着に向けて情報発信を断続的に行いました。これもわかりやすいことを第一に考え、シンプルにポイントを絞った発信に配慮しました。
5月の明番教育の際には、ISO 39001確認テストを抜き打ちで実施しましたが参加者の8割以上が4点以上(6点中)を取るなど、その時点でも着実な成果がありました。
ISO 39001導入によって、これまで得た成果をご紹介ください。
明確なスケジュールできめ細かい安全対策を実践できるようになりました。
運輸安全マネジメントで取り組んでいることに、ISO 39001の仕組みを適用し新たな要素を加えていったことで、安全対策をよりきめ細かく、システマティックに実践できるようになりました。特に年間のスケジュールを明確にでき、PDCAがしっかり回るようになったのが大きなポイントです。
またヒヤリハットの件数報告を通して、乗務員の営業地域の状況が見えてきました。たとえば郊外にある道路の入り組んだ駅付近ではヒヤリハットが多く報告されており、危険性が改めて認識できました。
現在は、乗務員が8人で1チーム編成をし、交通安全対策に取り組むようにしています。そのなかで、たとえばドライブレコーダーで事故のシーンを見ながら安全への検討会を行う積極的な行動が現れるようになってきて、手ごたえを感じています。
今後の取り組みの目標や展開をお聞かせください。
事故につながりかねない道路交通法違反を減らすこともターゲットにしています。
営業部からは、すでに道路交通法違反を減らす目標設定をしようというアイデアが出ています。信号無視や無理な車線変更で違反する状況は、一つ間違えると大きな事故につながります。そう考えると重要な要素ですから、今後取り組みたいところです。
また事務局のメンバーは入れ替えを行いながら、総体的な経験値を高めたいと考えています。乗務員を事務局メンバーに加えることも検討しています。
所在地 | 本社 東京都新宿区大久保 大泉営業所 東京都練馬区三原台 |
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設 立 | 1954年12月 |
事業内容 | 一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業) |
営業地域 | 東京23区及び武蔵野市、三鷹市 |
保有台数 | 102両 |
ISO 39001初回登録 | 2012年10月 |