情報誌 ISO NETWORK Vol.24

巻頭特集 東北の登録組織インタビュー ISOマネジメントシステムを経営に生かして 株式会社 山元

ISO審査を、震災から通常へ戻るけじめとする

株式会社 山元は、岩手県釜石市の海運・建設業者である。海運で事業を興し、その後、建設事業へ業態を拡大し、元請の事業者としての基盤を築き、地域に根ざした多彩な事業を行っている。ISO 9001は2001年に登録を受け、経営強化に欠かせない仕組みとして、活用してきた。

昨年の東日本大震災で、津波により社屋や作業船など重要なインフラを流されたが、ほどなく事業の建て直しに着手し、建設業者として東北地方の復興に貢献しつつ、新たな事業構築に励んでいる。ISO 9001のシステムも再生させ、環境整備に努め、更新審査に至った。この審査の直後に代表取締役社長の山元 一典氏にISOを活用した経営と、今後の取り組みなどについてうかがった。

代表取締役社長 山元 一典 氏 代表取締役社長 山元 一典氏

海運業から建設業へ業態を拡大

現在、建設業を中心に事業展開する株式会社 山元は、もともとは海運業を営んできた。製鉄を軸に工業都市として栄える釜石市で、1952年に創業し、1961年に山元海運株式会社へ改組して、内航運送業、内航船舶貸渡業などに携わってきた。その後、1979年に建設業に参入し、漁港の修築・改修工事に参加し始めた。

「海運不況を背景に建設業に参入したのですが、1980年代に釜石港の湾口防波堤工事という大きなプロジェクトに大手建設会社の協力会社として参加する機会を得て、経験を積み上げてきました。しかし、下請の仕事だけでは厳しいこともあり、90年代に入ってからは、業界団体への加入や各種の登録・資格取得に努め、元請業者としてやっていける体制を整えていきました」。(山元 一典代表取締役社長、以下同)

1999年には、株式会社 山元と社名変更した。港湾関係と道路維持などの陸上の建設工事も含め、土木・建設、海上・陸上を網羅して多角的に事業を行う会社として、地歩を固めていく。また厳しい事業環境のなかでも内部留保を行い、無借金の堅実な財務基盤形成にも取り組んだ。

「建設業を始めた頃は、顧客をさほど意識していたわけではありませんが、事業を重ねていくなかで、顧客満足を追求し、責任ある仕事を成し遂げるよう努めてきました。そのプロセスで、大手の建設会社からの信頼を受け、育てていただいたと大変感謝しています。おかげさまで、公共機関のお客さまからも、高い評価を受けられるようになってきました」。

ISOと出会い、経営ツールとして活用

株式会社 山元のはじめてのISO登録は2001年。ISO 9002の認証登録を受けた。公共事業の競争入札の総合評価ポイントの加点につながるという期待感から始めたというが、実際には加点はなかった。(国土交通省の経営事項審査では2011年4月より加点が実施)

「当時の国交省の担当官の方から、『ISOは自分たちのためにやるものであり、企業がよくなるメリットがある。評価以上のものを得ているのだから点数はいらない』という見解を示されました。私自身、その考え方には共鳴できます。私はISOに取り組むうちに、会社、経営をよくするツールになるのだと実感し、手放せないものとなりました」。

当初は、大手建設業者の手法を参考にしつつ、「書類に残す」ということに、重い負担も感じていた。だが、建設業の審査に豊富な経験を持つ審査員から、会社にどうプラス効果をもたらすかが重要であることを気づかされ、楽になった。

「ISO 9001の本質は、どの業種でも同じです。ただ業種や会社ごとに、その方法に違いがある。そこを認識して取り組めるようになりました」。

ISO 9001を生かしつつ、株式会社 山元では、安全な現場管理、働きやすい職場環境の整備、現場マークシート方式の導入による業務管理、現場に入る社員、職員を含めた出退勤のカード管理など、経営や事業のシステム化・現代化・合理化を図ってきた。

「周辺の建設業者では、ISOの導入に際して、コンサルタント会社を頼り、システム・マニュアル等の構築も委託するケースも耳にします。でもやはり、自分でやっていくことが実になっていきます」。

東日本大震災から立ち上がって

ISO 9001を基盤にして構築してきたシステム、インフラは、東日本大震災により、ほとんど消失した。

「従業員が全員避難できて、無事だったことが、何よりでした。社屋は流され、所有船舶の8割を失い、重要なクレーン船3隻のうち2隻が座礁しました。1隻だけ、宮古市の公共埠頭に上がっており、なんとか持ち帰ることができました」。

社長自身も一カ月間の避難所生活を強いられた。事業断念も頭をよぎったが、港湾事務所の要請や従業員からの「社長、指示してください」という声に後押しされ、震災10日後には動き出した。20日以内には現在の仮事務所を設けた。船舶にはP&I保険(船主責任保険)をかけ、幅広い補償を受けられるようにしていた。そのサポートとともに、堅実な財務基盤をベースに、座礁船舶の解体処理も行い、新しい船舶の調達もめどがついた。8〜9月頃には事業も徐々に戻り始め、会社の各種システムも再構築されていく。

「社用車に無線を積んで、安否確認ができたなど、うまく機能した部分もありましたが、机上の想定がほとんど駄目でした。今回痛感したのは、データのバックアップ体制の不備。それを踏まえ、現事務所のほか2カ所のデータバックアップ拠点を設けるようにするなど、震災の教訓を活かそうとしています」。

過去の事業記録は津波に流されたが、現場に出ていた社員の手持ちのノートパソコンには震災前の工事の記録も残っていた。ISO 9001の審査では、これらのデータと、夏以降に立ち上がってきた事業システムに目が注がれた。

「震災は過去のこと。けじめをつけて、通常へ戻るんだという姿勢を社員が共有する意味でも、今回の審査が重要な契機になりました」。

将来を見据え、人材育成に注力

「ISO 9001がなければ、私は会社経営ができません。それぐらい重要視しています。私がいなくても、経営のシステムがある程度回る。また第三者審査による効果も非常に大きいですね。私が社長として、経営の問題点を明確な指摘として受け取ることができますし、外部の目が入って、社員が業務に臨む姿勢にも、活が入ります」。

ただし、ISO 9001の社員への浸透についての山元社長の評価はまだまだ厳しい。建設業に大切な安全な業務管理や、予算管理、現場の作業管理など、自分たちでどんどん積極的な改善につなげてほしいという。

震災で社屋を流失したため、仮事務所で営業を再開した 震災で社屋を流失したため、仮事務所
で営業を再開した

「今は、復興へ向けて特別な時期であり、我々も人手を増やして懸命に取り組んでいます。数年先にはまた、環境も変化し、震災前の状態へ収束していくものと見ています。これからは、先を見据えた人材の育成がポイントになりますから、粘り強くやっていきます。ISO 9001で現場のありのままの状態をしっかり把握しながら、経営基盤の安定化に努めていく考えです」。

株式会社 山元の概要

所在地 岩手県釜石市
設 立 1961年4月(創業:1952年10月)
業務内容 特定建設業(土木一式他14業種)、測量業、給水装置工事事業、宅地建物取引業、内航運送業、一般貨物自動車運送業ほか
ISO 9001初回登録 2001年2月