情報誌 ISO NETWORK Vol.25

巻頭特集 道路交通安全マネジメントシステム ISO 39001を知る
独立行政法人 自動車事故対策機構(NASVA) 審議役 八木一夫氏 企画調査部 永井勝典氏

道路交通安全マネジメントシステムの国際規格であるISO 39001は、2012年10月1日に発行された。道路交通安全を、国際社会全体で推進していく枠組みとして、大きな期待がかけられている。

ISO 39001は、交通事故による死亡者、重大な負傷者をゼロにする目標を掲げ、道路交通安全への取り組みを組織的・継続的に実行するために策定された規格で、道路交通システムにかかわるあらゆる組織が対象となる。

ISO 39001の策定にあたって、日本では、2009年から独立行政法人 自動車事故対策機構(NASVA)が国内審議委員会事務局を務め開発を推進してきた。NASVAでISO 39001の国内審議委員会事務局を担当する八木 一夫氏(審議役)、永井 勝典氏(企画部調査役)に、ISO 39001を日本で取り組むことの意義、規格の特徴、第三者認証が浸透することへの期待など、幅広くうかがった。

民間事業者・組織の交通安全の土台づくりに

「これまで日本では、さまざまな安全対策が講じられ、交通事故は確かに減少していますが、死亡者はいまだに年間4,600人以上にも達しています。交通事故により介護を必要とする状態となった重篤な被害者を含め、重大事故の被害者数は事故件数の減少に比べてなかなか減りません。そうした中で、今回発行されたISO 39001は、このような状況をよい方向へ向ける、大きな力になると期待しています」。NASVAの八木 一夫審議役は、力を込めてこう語った。

国土交通省の実施する運輸安全マネジメント制度を筆頭に、日本には運輸事業者向けには、法令によるさまざまな交通安全の仕組みができている。またNASVAも、事業用自動車いわゆる青ナンバー※1の車両を使用する運輸事業者を対象とする多様な施策を実施し、継続的にサポートを行ってきた。しかしこれまでは、そうした運輸事業者以外で、たとえば白ナンバー※2の自家用自動車を営業車両等として使う企業、駐車場管理会社等、道路交通システムに関連する事業者や組織が、交通安全を推進するための一般的な基準はなく、それぞれ独自に取り組む以外なかった。

審議役 八木一夫氏 審議役 八木 一夫氏

「ISO 39001は、道路交通システムにかかわるあらゆる事業者、組織が参加できます。民間ベースで、道路交通安全マネジメントを構築する、確かな土台となる仕組みができたわけです。これはまさに、私たちが推進してきた事業の集大成と言えます」(八木審議役)。

※1・※2 青ナンバーと白ナンバー:
有償で旅客・貨物の輸送を行う運輸事業は、各種法令に基づく許可制となっている。事業者が許可を得て使用する自動車は事業用自動車として区分され、青地に白文字の車両ナンバープレートをつけることが定められており、これが青ナンバー(緑ナンバーとも)と呼ばれている。自家用車は白地に緑文字の車両ナンバープレートがつけられ、こちらは白ナンバーと呼ばれる。

日本の交通安全ノウハウも導入、全世界に水平展開

ISO 39001の策定には、日本も積極的に関与してきた。国際会議では、いろいろな国が、提案を相互に持ち寄って検討し合い、意見調整を図りつつグローバル・スタンダードが作られていく。その際に、日本の意見は非常に高く評価され、かなりの範囲で受け入れられたという。NASVAの永井 勝典調査役は、その状況をこう紹介した。

「日本はこれまで運輸事業者を中心に、交通安全対策をかなりしっかり行ってきました。そこでのノウハウを、ISOの規格に取り入れてもらうことで、国際的な貢献ができます。また一方で、国際規格と、これまで国内で培ってきた仕組みとの整合を図る点でも、ISO 39001策定の議論に参加することはメリットがあります。そこで国内審議会で検討を重ね、運輸安全マネジメント制度との整合性を取った案をまとめ、国際会議に持ち込みました」。

「結果的に、発展途上国を含め、非常に取り組みやすい規格ができました。日本のノウハウもしっかり世界へ水平展開できる流れができたと思います」(八木審議役)。

ISO 39001発行の背景と目的

2007年8月、スウェーデンの提案により、道路交通安全マネジメントシステムのISO化が緒についた。日本は2009年2月の第二回国際会合(マレーシア)にOメンバー(オブザーバー)として参加し、同年9月のカナダでの国際会合からPメンバー(正式メンバー)となり、積極的に参画した。

もともとは発展途上国における交通事故が、全地球的規模での大きな損失だという観点から、その削減へ向けた国際的枠組みとして提唱された。

ISO 39001の6つの特徴とは

「ISO 39001の規格の特徴について言えば、まず第一に、死亡や重傷を伴う、重大事故をゼロにするという部分にフォーカスしていることです。交通事故そのものを起こさないことは大事ですが、規格の要求事項はそれだけを求めてはいません。事故を減らす努力をしつつ、それでも事故が起きた場合に、被害者がきちんと社会復帰できる社会をめざそうという考え方がベースにあります」(永井調査役)。

事故は、ある程度リスクとして受け入れた上で、事故が起きたときの影響を可能な限り小さくする方策を追求していく規格となっている。

二つ目は、複数のISOマネジメントシステム規格との統合利用を視野に入れた、規格間の整合化の動きに沿って、構造的にハイレベルストラクチャーと共通のテキスト、用語・定義が採用されていること※3である。

企画部調査役 永井勝典氏 企画部調査役 永井 勝典氏

第三には、トップマネジメントの責務を非常に重視していることも、大きな特徴である。

そして、四番目の特徴は、ISO 39001独自のものとして、RTS(Road Traffic Safety:道路交通安全)パフォーマンスファクター〔道路交通安全に大きく寄与する要因〕が加えられていることだ。これを使って組織は、リスクを洗い出し、道路交通安全の改善のための重点施策の実施につなげていく。

五番目は、これも道路交通安全ならではの特徴として、緊急事態への対応が挙げられる。これは重大事故につながる局面にしっかり対応することが要求され、ISOとしてその手順の見直し、可能ならばテストの実施もプラスアルファで求められる。

加えて六番目に、道路交通衝突事故・その他インシデント調査を行い、道路交通衝突事故の未然防止、再発防止の処置が要求される。他の規格でも是正処置と予防処置があるが、ISO 39001では、道路交通衝突事故の再発防止のためにRTS是正処置、それらリスクの低減または除去のためにRTS予防処置、の要求事項が設けられている。システム上の処置と道路交通衝突事故に対する処置が、切り分けられているのも特徴のひとつである。

「六つのうち、ハイレベルストラクチャー採用とRTSパフォーマンスファクターの導入を除いては、運輸安全マネジメント制度とも似ていて、並行した取り組みが可能です」(永井調査役)。

※3 ISOマネジメントシステム規格の整合化:ISO本部では、複数の規格の要求事項・用語に統一性がなく、導入する組織にとって負担となっているという指摘を受けて、マネジメントシステム規格間の整合を図るための枠組みを策定した。今後発行、改定される規格は、原則としてこの新しい枠組みを採用する必要があり、2015年~2016年に予定されているISO 9001、ISO 14001の両規格でも適用される予定。

企業価値向上やコスト削減、社会への貢献まで… 実り多いメリット

ISO 39001の導入は、導入する組織にとっても、また広く社会にとっても非常に実りの多いメリットをもたらすという。

「まず企業価値の向上が図れます。ISO 39001取得企業は、道路交通安全に向けて正しく経営されている会社だと、世間から高く評価されブランド価値が大きく上がるでしょう。またコスト削減も非常に期待できるところです。発行されたばかりでデータが少ないのですが、交通事故減少による保険料の減額や、安全運転で車両の負荷が減ることによる燃費の改善やメンテナンス費用の減少が見込まれます。事故時の補償費、治療費の抑制も期待でき、行政処分を受けることもなく、車両破損やドライバーのけがによる利益の逸失もありません。目立たない部分ですが、実際に事故が起きると、失われる利益は大きい。それがまるまるプラスになると考えれば、本当に利益は大きくなります」(永井調査役)。

参考までに、運輸安全マネジメント制度に目を向けると、支払保険金額が3年間で半減するほどの効果が現れている。(グラフ1)

このほか、持続可能なビジネスへの寄与も期待できる。道路交通衝突事故はいつ起こるかわからない。しかし、起きた場合は重大である可能性があり、突然会社の存続にかかわるケースも考えられる。大事故の芽を日頃から摘み取り、継続して改善する仕組みがあれば、持続可能なビジネスづくりができるわけだ。

「ISO 39001にはシェアード・レスポンシビリティの考え方があります。道路交通システムにかかわるすべての組織・従業員は責任を共有しているのです。その観点から、この規格を活用することで、企業・組織が社会的責任を果たすことに大きく貢献します。同時にこの仕組みは、従業員の参加も求めるわけですから、彼らの交通安全の取り組みのレベルアップにも直結します。ひいてはそれが、彼ら自身を守ることになります」(永井調査役)。

グラフ1 安全管理規定等が義務付けられ運輸安全マネジメントに取り組んでいる事業者

幅広い業界からの関心の高さを実感

「ISO 39001が国際規格になっていく過程に携わり、道路交通安全マネジメントは、本当にISOに適しているなと、実感してきました。重大な交通事故は、非常に負担の大きな結果をもたらすのですが、それをISOのような管理的手法で防止していくのは、非常に効果的です」(八木審議役)。

運輸事業者だけではなく、幅広い業界から認証取得する企業が出てきており、NASVAとしても、企業の関心の高さに大きな手応えを感じているという。

よく比較される運輸安全マネジメント制度は、道路交通だけではなく、鉄道や船舶、航空も含めた、運輸事業全体が対象だ。翻ってISO 39001には道路にかかわる部分で、トラックやバスなどの運輸事業のほかにも、道路の管理や駐車場の管理、救急自動車の運行管理、さらには社有車、リース車などの利用ほか、あらゆる局面で道路交通システムにかかわる組織と人が入ってくる。両者は重なる部分も多く、十分に整合のとれたシステムであるが、もとの入り口は多少異なる。

「ISO 39001は範囲が広く、なおかつ民間の自主的な取り組みなので、自由な組み立てができます。懐が深く、将来性のある規格です」(八木審議役)。

NASVAでは、認証取得へ向けたコンサルティングも実施しているが、企業からの問い合わせが引きも切らない。

「東京、名古屋、大阪で対応する体制を整備しているところです。基本的に運輸事業者を主体にコンサルティングしていますが、約3割は運輸事業者以外で占められています。スケジュールがいっぱいで、列に並んでいただいている状態です」(永井調査役)。

監視・測定・分析・評価の重要性

ISO 39001では監視・測定・分析・評価が非常に重要である。規格をより有効活用していくためには、車載機や付随するIT技術の活用もキーポイントになっている。その点について、永井調査役は次のようにコメントしている。

「特に青ナンバーの事業者においては、自動車の出庫から入庫までの運行状態の把握が非常によくできるようになりました。簡易に利用できる車載装置の開発が進めば、もっと多様な事業者が管理を徹底する方策が取れます。低価格で、使いやすい運行監視装置(テレマティクスやドライブレコーダー等)が開発され、ISO 39001へもよい効果をもたらしてくれることを期待しています」。

どの組織にも認証取得を進めてほしい

青ナンバーの運輸事業者、白ナンバーの自家用運送事業者やその他の事業者それぞれにおける、取り組み方での違いもあるそうだ。たとえば、青ナンバーの運輸事業者の場合、運輸安全マネジメント制度があり、取り組みそのものは同様のかたちになる。両方を実施するのは大変だと考える組織もあるだろうが、実は、メリットがある。

「ISO 39001を使うことによって、運輸安全マネジメント制度を通じて培ってきたよい仕組みをさらに見える化し、変化する状況に応じた改善活動を推進できます。PDCAを回すわけですが、PDCAのうち特にC(監視測定・分析評価)とA(処置・改善)の部分をうまく回すことがポイントです。ぜひ認証取得を進めてもらいたいですね」(永井調査役)。

また、今まで交通安全に独自の努力を続けてきた、青ナンバー以外の事業者にとっても、交通安全の確固たる軸になる新しい仕組みとして、ぜひ活用してほしいと考えている。

道路交通安全は、直接運転する人だけの問題ではなく、管理者となる組織、運行システム全体で取り組むべきものだという認識が、明確になってきた。

「交通事故は、一件でも起これば、被害者にとてつもない不幸をもたらす可能性があるものです。道路交通安全は、継続的に追い続けるべきテーマで、道路交通システムにかかわる皆で取り組まなければなりません。ISO 39001が民間ベースのマネジメントシステムとして定着していけば、継続的な道路交通安全活動が、より広がっていく。その結果、重大な交通事故の減少という目に見える効果が生まれることを期待しています」(八木審議役)。

独立行政法人 自動車事故対策機構(NASVA)

英文表記ではNational Agency for Automotive Safety & Victims' Aidとなる。「自動車事故防止と被害者支援を通して、安全・安心・快適な社会作りに貢献」することを使命として、自動車事故防止と被害者支援に関連する、さまざまな事業を展開している。

1973年に自動車事故対策センターとして創立、2003年より独立行政法人 自動車事故対策機構として活動している。

運輸事業者向けの交通事故防止対策として、ドライバーの適性診断・カウンセリングの実施、運行管理者等の指導講習(法令、管理手法等)、国土交通省の認定を受けた運輸安全マネジメント評価、安全マネジメントにかかわるコンサルティングおよびシンポジウム・セミナー・講習会の開催などを行う。

被害者支援策として、全国に4つの療護センター(230床)と療護施設機能委託病床(32床)を設置運営している。また、自動車事故で介護が必要になった場合に、介護料の支給・短期入院費用の助成を行っている。さらに、交通遺児の育成資金無利子貸付、交通遺児友の会活動のほか、交通事故被害者とその家族へ向けた家庭相談なども実践している。

一方、安全な自動車やチャイルドシートの普及促進のため、自動車アセスメント、チャイルドシートアセスメントを実施し、メーカー側の改善を促進している。

第7回NASVA安全マネジメントセミナーでISO 39001を紹介

2012年10月19日(金)、東京国際フォーラムで開催された「第7回NASVA安全マネジメントセミナー」。今回は、安全マネジメントに関する具体的な情報提供とともに、10月1日に発行されたISO 39001の最新情報が提供された。

ISO 39001関連では、中央大学理工学部の中條 武志教授より「道路交通におけるマネジメントシステムの有効性」をテーマに、道路交通で事故を防ぐ難しさ、安全マネジメントシステムの要素と効果、ISO 39001の要求事項と認証の有効活用について解説された。その後、NASVAのコンサルティングを受けて、ISO 39001の認証取得を済ませた企業、また取得に取り組んでいる企業の出席を得て、「ISO 39001道路交通安全マネジメントシステムへの期待」と題したパネルディスカッションが行われた。

第7回NASVA安全マネジメントセミナーでISO 39001を紹介