情報誌 ISO NETWORK Vol.25

ISO 39001認証取得企業の取り組み概要

ISO 39001認証取得企業の取り組み概要

交通事故は身近なところにあるリスク

ISO 39001の認証を取得した4社、名正運輸、損保ジャパン、日本興亜損保、インターリスク総研の各社に共通するのは、交通事故を非常に「身近なリスク」と捉えていることである。

多数のトラックを所有し運輸業務に携わる名正運輸では、交通事故は事業継続にかかわる最大のリスクであると強く認識している。実際に交通事故に悩まされてもきた。また年々、「物流品質」を求める顧客の要請が高まっているが、その品質は「安全に商品を届ける」ことが前提となる。道路交通安全は、顧客満足達成の基本でもあるわけだ。

損害保険事業を行う損保ジャパンと日本興亜損保にとって、自動車保険事業は売上の5割以上を占める主要ビジネスとなっている。そのビジネスの現場で日々、交通事故リスクの大きさに接し続けている。また、グループの損害保険会社とも連携しながら多様なリスクコンサルティング事業を展開するインターリスク総研は、交通リスク分野でのコンサルティングやリスクマネジメントサービスの提供が、およそ3割を占めている。顧客企業に対し、交通事故のリスクの大きさと幅広さ、もたらされる結果の重大性を考慮に入れたリスクマネジメントを提案する立場である。

ISO 39001の認証取得に取り組んだ動機と目的

交通安全への強い思いを結実させ、検証と強化の仕組みをアピール

名正運輸においては、加藤新一代表取締役社長の道路交通安全への強い思いが、ためらいなくISO 39001の認証取得へ向かわせた。これまでも、品質、環境、労働安全衛生などのマネジメントシステムを導入してきたが、道路交通安全マネジメントシステムが国際規格になることを知るや、すぐに取得を決意した。交通事故に悩んできた過去の経験から、多様な道路交通安全対策を講じており、それらを第三者の視点からきちんと検証でき、さらに強化できると考えたのである。適用範囲は本社に直結する第一物流センターとしたが、仕組みや活動そのものは全社に水平展開している。

また、これまで実施してきた交通安全対策は、安全衛生委員会の活動として社内で行っていても、対外的に「こう取り組んでいる」と明確に示せるものがなかった。ISOの認証を取っていれば、対外的に明確な仕組みを持っていることを発信できる。それにより自分たちにプレッシャーをかけ、自社の社会的責任を追求しつつ顧客にも強くアピールできる。事業に密着したこの規格を取り入れることで結果的に、会社のブランド力を高め、営業を支えるパワーにすることも意図した。

名正運輸のトラック(物流センターにて)名正運輸のトラック(物流センター
にて)

損保会社の使命感と、車を使う事業会社としてのメリット

損保ジャパンと日本興亜損保は、2014年に合併が予定され、さまざまな活動を共同で推進している。ISO 39001についても一緒に取り組みを進めた。この規格に最初に触れたとき、事務局内ではさほどインパクトはなかったという。自動車輸送にかかわる専門企業向けの規格だと解釈したのである。しかし、しばらく研究を進めると、そのような狭い分野を対象とするのではなく、会社で車を使う、道路建設等に携わるなど、交通にかかわるあらゆる事業が対象になることがわかった。

損保ジャパンの営業車両 損保ジャパンの営業車両

もとより損害保険会社にとって道路交通安全を図ることは企業の社会的な使命であり、なおかつ顧客満足度の向上につながり、支払い保険金も減らすことができるというメリットもあって、積極的に推進する事業の一つでもあった。先行してISO 39001の認証取得に取り組むことで、いち早く道路交通安全対策の経験値を高め、それを顧客に伝えて広げたり、社内外にアピールすることもできる。また数千台もの自動車を使う事業会社の立場でも、ISO 39001を導入し第三者の目で審査を受けて有効な道路交通安全マネジメントシステムを継続的に改善できることは非常に有意義だと考えた。

本業ゆえに取得は当然、さらに事業にもフィードバック

インターリスク総研にとって交通リスク分野は主要事業の一つであり、グループの損保会社との連携により、自動車保険を利用する顧客とも数多く接している。交通事故防止は本業であり、先んじてISO 39001の認証を取得することは事業内容から当然のことだと判断した。同社では顧客企業や損保会社の要請に応じて、損保会社の保有する運転適性診断車両(マイクロバス)の運行も行う。この車両には運転適性を診断するさまざまな装置が設置されており、出張先の会社等でドライバー個人を診断するサービスを提供する。この部門は、いわば交通事故防止の専門家集団であり、これまでも交通事故を起こさない体制を築いてきた。その活動をISO 39001を使ってさらに強化し、事故防止を盤石にした上で、取り組みを通じて獲得したノウハウを、今後のコンサルティングやサービスの提供に生かしたいと考えた。

注力したポイントと苦労したこと

経営者と現場で意識を共有し、実態に即したシステムをつくる

名正運輸は、認証取得のための活動にならないために、日常的に展開してきた安全衛生委員会の活動に即した道路交通安全マネジメントシステムの構築に力を入れた。取り組みには、厳格なアルコールチェック、運行数値を記録するデジタルタコグラフの全車導入、運転状況を記録するドライブレコーダーの活用、バックモニター取り付けといった機器・装置による安全対策や、会社で定めた運行速度(社速)の完全徹底、迅速な事故対策、乗務員を追走しての運転状況の確認といった運用・管理上の安全対策があげられるが、そのすべてを本社で一元管理できるような仕組みをつくった。また事故の報告に対してペナルティを科さないという姿勢を堅持し、事故を隠さない環境づくりにも配慮した。そして、たとえば社長以下経営陣も積極的に追走に参加し、乗務員の運転を体感することなどを通して、経営陣と現場の目線を一致させるように努めた。

認証取得に取り組んだ印象では、製造業が出発点にあるISO 9001と比較すると、ISO 39001の要求事項は運輸事業の業務に沿ったものとなっており、わかりやすいと実感した。

名正運輸 代表取締役社長 加藤新一氏(左)と車輌統括部部長 山口嘉公氏 名正運輸 代表取締役社長
加藤 新一氏(左)と
車輌統括部部長 山口 嘉公氏

これまでの交通安全の取り組みを強化し、実効性を高める

損保ジャパンと日本興亜損保は、道路交通安全マネジメントシステムの対象となる社有車やリース車を管理する2社の総務部同士が、NKSJグループのリスクコンサルティング会社であるNKSJリスクマネジメント株式会社と連携して取得へ向けた仕組みづくりに取り組んだ。

当初苦労したのは、日本語版の規格がなく、これまで前例となる認証事例がない新しい規格であったために、参考文献もなかったことである。NKSJリスクマネジメントの協力を得ながら、用語の理解を進め、両社の状況に当てはめていった。アイデアを持ち寄るという2社で取り組むことの利点を生かして、実効性あるマネジメントシステムを追求した。

エコ安全ドライブ運動のステッカー エコ安全ドライブ運動の
ステッカー

両社が取り組みのベースにしたのは、グループで推進してきたエコ安全ドライブ運動である。「スピードを出さない」「エンジンブレーキを活用する」「急発進や急ブレーキを避ける」といった運転を推進することにより、燃費や事故率、事故件数等を減らし、環境保全と交通事故の少ない社会づくりとを目指すものだ。これは、エコ安全ドライブコンテストとして顧客企業にも展開している。こうした取り組みを進めるなかで、両社はマネジメントシステムのポイントであるPDCAを回すところで、特にC(点検・評価)とA(処置・改善)が弱いことに気づき、積極的な強化を図った。

取り組んでみて、ISO 39001は、これまでも日常的に取り組んできた交通安全対策を発展させながら運用できる規格だという印象を得た。従って、どのような企業・組織でも、今まで実施してきた交通安全対策の実績をベースにできるため、非常に取り組みやすいことが特徴と言える。

リスクの洗い出しで独自の工夫を図る

インターリスク総研では、ISO 39001で特徴的なリスクの洗い出しの作業に苦労と工夫があった。道路交通安全マネジメントシステムの対象となる運転適性診断車両は、これまで人身事故を起こしたことがない。そのため、リスクの洗い出しはこれまで経験したことのない人身事故という事象を含めて、事故が起こる可能性がある場面を多角的に想定しつつ行う必要があった。運転者からヒヤリハットの経験を聞き取り調査し、それらを積み上げて想定されるリスクを出し、分析・評価していったという。また新たなオペレーションの設定により、現場の負担感が増えることのないように留意し、既存の手順をもとに文書化し、共有、標準化して、これまでの取り組みを深化させるよう心がけた。

インターリスク総研が運行する運転適性診断車両
インターリスク総研が運行する運転適性診断車両 インターリスク総研が運行する運転適性診断車両

認証取得の取り組みから得た効果

事故件数や費用削減にめざましい結果

名正運輸では、道路交通安全マネジメントシステムを運用したことによって多くの効果が生まれており、数字上でも明確な結果として表れている。事故件数は取り組み以前に比べて半減し、賠償費用や修繕費もピーク時の10分の1まで減った。費用の減少分は、ドライブレコーダーへ再投資することができた。

手順の見える化・標準化と透明性の向上

損保ジャパンと日本興亜損保では、過去に不定期で実施していた運転者に対するヒアリングを定期的にするなど、従来の活動をより体系化することにより標準化の道筋をつけ、同じ手順で評価が実施される仕組みを確立した。

インターリスク総研では、車両の運行に従事する個々の担当者が口頭で言い伝えてきた事故防止の経験則やノウハウを文書化することにより、手順を新たにつくるのではなく、無理のないかたちで見える化が図られた。

インターリスク総研の「ISO 39001携帯カード」 インターリスク総研の「ISO 39001
携帯カード」

名正運輸では、手順の見える化により透明性の高い仕組みを確立した。たとえば、アルコールチェックでは、一般的な物流会社の酒気帯びの基準値よりもはるかに厳しく、0以外はすべて酒気帯びと見なし乗務停止となるルールを明確にした。アルコールチェッカーは全社同じ機種で統一し、結果は即座に営業責任者および本社の管理部門に自動送信されるように設定した。ルールを明確にすることで見逃しのない対策がなされている。また、ペナルティを科さない事故申告の導入により、すべての事故の全体像を把握するために同じテーブルに載せられるようになり、分析や対策の策定もスムーズに進むようになった。

全社展開と社員の意識改革、活動の盛り上がり

上記のような活動を通じ、名正運輸では従業員の取り組み姿勢も非常に前向きになった。さらに、無事故ドライバーやデジタルタコグラフの優良者等を表彰する制度の活用などを通じ、ISO 39001の認証取得へ向けた取り組みを全員参加のイベントとして盛り上げ、成果を上げている。

損保ジャパンと日本興亜損保では、道路交通安全が総務部だけの活動にとどまらず、全社で意識の共有が図られ、しっかりと浸透してきた。損害保険事業に密着したマネジメントシステムであることも奏功している。

インターリスク総研でも、取り組みの展開により、車両運行の担当者やその管理者に加え、それ以外の社員全員が道路交通安全という大きな目標に向かう土壌ができた。同社では、ISO 39001は身近なリスクに対処するために誰にでもわかりやすく、社員をうまく巻き込んでいくのに適している。また、むしろ巻き込んでいくことで、自社の事業に合致したマネジメントシステムを全員で構築できることに意味があると見ている。

利害関係者の要請への対応と安全確保の基準が明確に

インターリスク総研では、MS&ADインシュアランスグループの損保会社の委託を受けて車両を運行し、運転適性診断サービスを提供している。そこで、ISO 39001の要求事項にある「利害関係者とのコミュニケーション」については、利害関係者をグループの損保会社という具体的な対象に当てはめることで、さらなる安全性向上が図られた。その損保会社の要請を満たしつつ道路交通安全を達成するためのガイドラインを話し合いのなかで明確化したことで、安全運行という損保会社とその顧客に対する基本的なサービスが強化された。

(左から)インターリスク総研 コンサルティング第四部 開発グループ長 林田顕氏<br>常務取締役 コンサルティング第四部長 土田秀仁氏、開発グループ マネージャー 福島康氏

(左から)
インターリスク総研 コンサルティング第四部 開発グループ長 林田 顕氏、
常務取締役 コンサルティング第四部長 土田 秀仁氏、
開発グループ マネージャー 福島 康氏

今後の展開と期待

営業活動への好影響を期待

名正運輸では、新たな取り組みとして「無事故キャンペーン」をスタートさせた。一種の小集団活動としての取り組みで、乗務員が現場から自分たちの行動目標を発信するよう促し、同時にリーダー育成も図っていく。

大きな期待をかけているのは、ISO 39001認証取得による物流市場へのアピールである。道路交通安全対策のしっかりした事業者という評価を揺るぎないものとし、営業エリアの拡大にもつなげていく考えである。

顧客への普及を進め、顧客向けサービスへの適用も視野に

損保ジャパンと日本興亜損保は、ISO 39001認証取得に取り組んだことを「いいことずくめ」と評価する。2社が進めるエコ安全ドライブなどの道路交通安全に関する取り組み全体が客観的に審査を受け認証されたことで、顧客に対し自信を持ってサービスを提供することができる。定期的に外部審査を受けることで、マネジメントシステムを陳腐化させることなく改善できる。その成果をまた顧客にフィードバックできる。認証を得た会社の社員としての自覚も促される。今後は、このような多くの効果を得られるISO 39001の普及へ向けて、広く社会に働きかけていく考えだ。

損保ジャパンと日本興亜損保の両社では、ISO 39001の適用範囲を、顧客に展開する道路交通安全関連のサービスにまで広げていくことを構想している。活動は始まったばかりだが、今後どう広げるかが重要だと捉えている。

損保ジャパン 総務部 動産・社有車グループ グループリーダー 藤田隆志氏(左)と<br>日本興亜損保 総務部 総務管財グループ 課長(グループリーダー) 米倉世樹氏

損保ジャパン 総務部 動産・社有車グループ グループリーダー 藤田 隆志氏(左)と
日本興亜損保 総務部 総務管財グループ 課長(グループリーダー) 米倉 世樹氏

ISO 39001の考え方を自社サービスに応用

インターリスク総研もまた、道路交通安全のためにISO 39001を後押ししたいという意欲を持っている。同社にとっては、リスクの洗い出しから入っていくISO 39001の考え方が、洗い出しの手法も含めて、交通リスクに関連するサービスの提供に非常に参考になるものであった。今後は、自社のサービス内容に、道路交通安全マネジメントシステムの考え方を積極的に導入し、顧客向けのコンサルティングの実効性を高め、さらに充実させていく。事故防止対策を開始するタイミングには早すぎるということはない。より多くの組織で今できるところから有効な道路交通安全対策を進めてもらい、大きな目標である交通事故の減少に貢献していく考えである。

各社の概要