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本記事では、機械設計において重要となる安全思想について、これまでのロボトレンドで紹介してきたISO 12100に加え、システム安全の基礎を成したと言われるMIL-STD-882の制定背景や両者の共通点に触れながら解説していきます。
リスクアセスメントは、さまざまな機械装置やシステムの安全性を確保するために重要となる最初のステップです。なお、リスクアセスメントの詳細はロボトレンド「ISO 12100に基づくリスクアセスメントの手法を解説」からご覧いただけます。
機械安全の基本であるリスクアセスメントの概要や手順について、「機械類の安全性-設計のための一般原則」を規定した国際規格ISO 12100 はヨーロッパのEN規格であるEN 292シリーズ(EN 292-1/292-2:1991年)をもとに、2003年に制定されました。EN 292シリーズは、機械設計における安全確保のための基本的な考え方と原則を定めた規格です。
一方、1969年に制定された米国の軍用規格MIL-STD-882においても機械の設計段階から安全性を組込むためのプロセスが規定されています。本規格はEN 292より約20年前に発行されたものですが、機械分野の安全設計のための重要な取り組みであるリスクアセスメントの考え方に通じる部分があります。
次の章では、このMIL-STD-882の制定背景についてご紹介します。
MIL-STD-882は、米国国防総省(DoD)が定めた「システム安全」に関する規格で、軍事システムのライフサイクル全体にわたって、ハザードの特定・評価・軽減を体系的に行うための方法論を提供しています。
本規格は1969年の初版発行後、約55年の間にさまざまな改定がなされ、現在でもMIL-STD-882_E版として活用されています。
MIL-STD-882が制定される以前の旅客機、大型船舶、アポロ計画のロケットおよび宇宙船など当時の先端的な巨大システムの開発では、「機器の信頼度を極限まで高めることが、システム全体の安全につながる」という思想が主流でした。
例えば、アポロ計画で使用された部品は信頼度「99.9999%(いわゆるシックスナイン)」とも言われるほどの精度を求められていたことが広く知られています。
しかし、技術の進歩とともにシステムがますます複雑化した結果、高信頼度を維持するためには莫大なコストがかかることが問題となりました。また、機器の信頼性を向上させるだけでは、システム全体の安全は保証されないのではという懸念もあったのかと思われます。
こうした背景のもと、MIL-STD-882では、安全とは「死亡、負傷、職業病、設備または財産の損傷または損失、あるいは環境への損害を引き起こす可能性のある状況がないこと」、そしてリスクとは、「事故の発生確率と、その結果の重大性の組み合わせ」と定義し、その上で、「安全は後付けではなく、システム開発の初期段階から設計に組み込む機能である」との考え方を規格化し、今日のリスクアセスメントおよびリスク低減の基盤となる「システム安全工学(System Safety Engineering)」の考え方が形成されました。
MIL-STD-882では、システム安全とは「システムのライフサイクル全体にわたって、運用上の有効性と適合性、時間、コストといった制約の中で、受容可能なリスクを達成するために、工学的および管理的な原則、基準、技術を適用すること。」と定義されています。ISO 12100ではMIL-STD-882を直接引用していませんが、両者の安全思想やリスクアセスメント手法には多くの共通点が見られます。両規格の基本的な安全確保のためのアプローチおよび要求事項には、以下のような共通点が挙げられます。
共通する考え方/規格 | ISO 12100 | MIL-STD-882 |
---|---|---|
システムアプローチ | 設計者が機械類の安全性を達成することを支援するため、リスクアセスメント及びリスク低減の原則を規定する。 | システムエンジニアリング(SE)のアプローチに基づき、可能な限りハザードを排除し、ハザードを排除できない場合にはリスクを最小限に抑えるアプローチを規定する。 |
リスクベースアプローチ | 危険源の特定 → リスク見積・評価 → リスク低減方策の実施 | ハザードの特定 → リスク評価(定量/定性)→ リスク軽減策の適用 |
リスク低減の優先順位 | ①本質的安全設計方策 ② 安全防護・付加保護方策 ③ 警告表示や使用上の情報 |
① 危険の除去 ② 設計変更 ③ 警告・手順・訓練などの管理的対策 |
文書化の要求 | リスクアセスメントを実施した手順、達成された結果を文書化することを要求している。 | システム安全プロセスにおいて必要な文書化・記録を残すことを要求している。 |
MIL-STD-882 D改訂版が発行された後の2003年にISO 12100が制定されました。MIL-STD-882は軍用・宇宙分野で、ISO 12100は民生用機械分野で適用され、異なる安全設計の枠組みとして位置づけられ、それぞれ改定を重ねてきました。しかし、開発するシステムの使用環境やそこでの振る舞いを考慮しつつ、リスクベースアプローチによって開発製品の安全性を確保する考え方には明らかな類似点が認められます。したがって、分野によらず製品・システムを安全に設計するためには、システム安全の思想に基づいてリスクを特定・評価し、それに対する対策を検討する「リスクアセスメント」を実施することが非常に重要であると考えられます。
当機構では、サービスロボットの安全評価・認証や、さまざまな装置に搭載される機能安全の評価・認証をはじめ、規格解説セミナーや規格要求事項に基づいたテクニカルミーティングのサービスを行っています。