ISO認証取得の企業や組織による不祥事が相次いだことから、2008年7月、経済産業省が『マネジメントシステム規格認証制度の信頼性確保のためのガイドライン』(以下、ガイドライン)を公表した。
ガイドラインの公表を受けて、マネジメントシステム関連の組織や団体は、「マネジメントシステム信頼性ガイドライン対応委員会」(以下、MS信頼性ガイドライン対応委員会)を設置し、マネジメントシステムの信頼を回復するための取り組みを「アクションプラン(行動計画)」にまとめ、今年8月に公表した。
今回は、MS信頼性ガイドライン対応委員会の委員である、統計数理研究所の椿 広計氏と、JQA専務理事の小林 憲明に話を聞いた。
2009年8月10日付けの日本経済新聞1面に、「ISO再認証、1年凍結」というショッキングな見出しの記事が掲載された。これを読み、ISO 9001やISO 14001の認証を取っている企業や組織の中には、ISO認証制度の現状に不安を感じた人もいただろう。しかし、関係者が一丸となって信頼性確保のための対策を打ち出すという内容の記事は、ISOを活用している人々にとって、むしろ歓迎できるものと言える。
小林はこの記事について、ISO認証制度が抱えている2つの課題を指摘した。1つは、ISO自体の信頼性が問われている、という点。もう1つは、ISO認証制度が企業や消費者にとって本当に役立つ制度なのかが問われている、という点だ。
一方椿氏は、いわゆるISOコミュニティの当事者とは異なる立場で、「第三者制度」そのものの必要性と重要性、そして脆弱性を、従来から感じていたと言う。これは、一般的な企業経営の管理活動と第三者認証というISOの仕組みの整合性を扱ってきた、椿氏ならではの視点だ。その上で、ISO認証制度そのものが一般のステークホルダー全般に対して信頼感を与える活動は、「それなりに成功している」と椿氏は評価している。
企業や組織の不祥事は、日本だけの問題ではない。例えば、世界のどの国よりも企業倫理が確立しているように見えるアメリカでさえ、大企業が破綻に追い込まれている。一定の局面に追い込まれたときに不祥事が起こるのは、どの国にも共通する問題と言えるだろう。
マネジメントシステムの認証は、将来の改善がうたわれていさえすれば取得できると解釈している企業や組織があるかもしれない。また、海外の認定機関の認定を受けた認証機関においては、不祥事への対応も含め、日本の機関の取り組みとは温度差が感じられ、心配なケースがある。しかし、「日本の認証機関は、パフォーマンスに踏み込み、審査の有効性を高める方向へ向かっている」と椿氏は分析している。
ISO認証制度に対する消費者や社会の信頼が揺らいだ。それを取り戻すため、経済産業省がガイドラインを公表した。認定機関や認証機関は、この動きをどう受け止めたのか。また、MS信頼性ガイドライン対応委員会ではどんな議論が交わされたのか。
小林はこの委員会に、日本マネジメントシステム認証機関協議会(JACB)のメンバーとして参加していた。今回のガイドラインをJACBの立場でとらえると、「ISOは信頼性に関する責任をどこまで担うのか」「ISOは不祥事をどこまで防げるのか」といった点についての経済産業省からの問題提起とも言える。しかし、「ISOはここまで見るべき」「見ているはず」という社会からの期待値と、ISOという国際規格の中でできることには、ギャップがある。「ギャップをできるだけ埋めるべく、議論の場に臨んだ」と小林は振り返る。
委員会では、ガイドラインに盛り込まれた内容をマネジメントシステムの中だけで考えるのは難しいのではないかという議論がまず持ち上がった。しかし、信頼回復のためには何らかの取り組みが必要不可欠だ。そこで、委員会として何ができるのか、関係者全体で取り組むべきことは何か、役割分担はどうするか、といった議論が積み重ねられた。
そうした議論を経て、認定機関と認証機関それぞれの役割が、大きく6項目から成る「アクションプラン」としてまとめられた。すなわち、「認証に係る規律の確保」「審査員の質向上と均質化」「認定・認証に係る情報公開」「有効性審査の徹底」「認証制度の積極的広報」「国際整合性とアクションプラン徹底策検討」である。
アクションプラン(対応委員会報告書)全文は、日本マネジメントシステム認証機関協議会(JACB)のホームページからダウンロードできます(http://www.jacb.jp/)
ISOに関わる人々が、社会に対し信頼を与えるための仕組みやコミュニティを作っていた中で、それに反する動きを取った企業や組織が出たのは非常に残念なことだ。しかし、ガイドラインの公表をきっかけに、ISOの本来の目的に反する動きに対して厳然と対処する、という形を作ることができたのも事実だ。椿氏はこれを「マネジメントシステムのコミュニティは、第2ステージに入った」と高く評価する。
今回のガイドラインやアクションプランは、認証を受ける企業や組織にとって新たな課題や負担、足かせになるものではない。これらはあくまでも、日本の認定機関と認証機関が従来から取り組んできた活動の延長線上にある。つまり、ガイドラインやアクションプランは、今までの活動に足りなかった部分を埋めたり、外側の石垣をしっかりさせたりしながら、ISO活動を加速させるためのツールであり、我々が先頭に立ってISOマネジメントシステム認証制度の価値を上げ、ISOに対する信頼性を高めていこうという姿勢の表明でもあるのだ。
MS信頼性ガイドライン対応委員会での議論の結果、検討課題となった項目は、新体制の下、2009年度中を目途に再検討される予定だ。今回のガイドラインやアクションプランが第一歩となり、ISOマネジメントシステム認証制度はさらに充実するだろう。